松岡正剛の年表を読む
震災の前だから2010年くらいからだと思うが、私は30万たまる貯金箱で五百円玉貯金をチマチマしていた。なんのためか?松岡正剛の「千夜千冊」全7巻+索引巻を買うためである。あいにく、震災の揺れで貯金箱は棚から落ち、21万まで貯めたそのお金は、そのまま引越し資金に充ててしまった。
去年か一昨年か、千夜千冊が文庫化したため、今はそっちを集めているが、それを読み進めて知ったのが、全集版の索引巻に松岡正剛の年表があること。私が松岡正剛の本に出会ったのが10年ほど前。それ以前の活動については全く知らないし、なんとなく興味を覚えて、図書館で索引巻だけ借りてみた。
で、当たり前なのだが、これが重い。索引だけで450ページ以上、前半の読書術と年表で450ページ。合わせて900ページ。しかも微妙に版が大きく手持ちのブックカバーに入らない。腕は疲れてくるわ、周りの人はギョッとするわ、修行のように読んでいる。今日はとうとう「漢文ですか・・・?」と会社の人に言われる始末。それもあと90ページほどなのだから、できれば週末前に終わらせたい。
読書術については、前から気になっていたマーキング方法について触れられていたのがよかった。私も本にはマーキングするタチなのだ。そりゃ内容によっては、できる本とできない本があるし、できる本でも理解度と綺麗に比例してマーキングの量が減ってしまう本もある。ただ、我流なのでその都度適当にやっていたのだが、なんとなくの方向性が見えてきた。これは今後も精進すべし。
そして肝心の年表。0歳からスタートしており、薄々そうではないか?と睨んでいた「名前は中野正剛から」というのも確認できたし、妹が原敬から「敬子」という名になったなど「殺される者の名」をつけている親というのには、少し笑った。以降、初恋が誰それだとか、初体験がいつだとか、「正直それは知らなくてもいい・・・」と言いたくなるような告白?を挟みながら、10代20代を駆け抜け、編集者松岡正剛が現れてくる。通して読むとやはり異能の人としか言いようがない。私は高校の頃、そんな話はしなかったぞ。早熟なオクテというか、奥手なソウジュクというか。いずれにしても、文系も理系もいけるクチで、自学(交友関係からの学びも勿論多いだろうけど)で数学や量子力学に手を出せるのには、尊敬の念しかない。私は今、量子力学をきちんと理解できるだけの理解力が残っているのだろうか?・・・多分ない。
先に書いた通り、重いしデカイし、見た目ももなんかゴツイし、非常に物理的に読みにくい本だが、松岡正剛の思考過程を辿ってみたい人には十分オススメできる。これ、この部分もそのうち文庫化してくれないだろうかね・・・切実なお願いです。